第7回 スポーツイベントによる地域活性化
〜アウトドアスポーツとスポーツツーリズムの視点から〜
原田宗彦(早稲田大学)
(財団法人常陽地域センター発行「JOYO ARC」496号 2011年 より)
大規模スポーツイベントと地域活性化
スポーツイベントによる地域活性化は、古くて新しい手法である。これまで世界の都市は、オリンピック大会やユニバーシアード大会といった大規模イベントを誘致して、都市の再開発や地域活性化の触媒として用いてきた。日本でも、64年の東京オリンピックをはじめ、85年の神戸ユニバーシアード大会、94年の広島アジア大会、95年の福岡ユニバーシアード大会、98年の長野冬季オリンピック大会、そして02年のFIFAワールドカップ大会などの大規模イベントを開催し、都市の発展に活用してきた。
スポーツイベントと地域活性化に関しては、拙著『スポーツイベントの経済学』(平凡社新書、2002年)において詳しく述べたが、要は、大規模スポーツイベントの開催が、@スポーツ施設や、アクセス道路、公園などの関連施設の整備による社会資本の蓄積、Aイベント参加者による宿泊や飲食物販による消費の誘導効果、B大規模イベントのホストとなる都市住民の地域連帯感の向上、Cそしてイベント開催都市のイメージ向上効果といった4つの果実をもたらしてくれる(原田、2002)。
10年11月に中国の広州で開催されたアジア大会でも、巨額の経済効果が生まれた。国内外から65万人の観光客と、史上最高額となる382億円(前回のドーハ大会の5倍)の企業協賛金を集めた同大会は、8000億元(約10兆800億円)の経済効果を生み出したと報告されている(注1)。さらに大会の開催に向けて、広州市は約1200億元(約1兆5120億円)を投資し、道路や地下鉄などのインフラ整備を進めるとともに、製造業中心の経済から観光などを含むサービス産業へと、都市の産業構造の転換を狙ったのである。これはかつて英国のシェフィールド市や米国のインディアナポリス市が行った、ポストフォーディズムの産業育成の都市経営戦略を踏襲する動きである。
ひるがえって日本の場合、90年代から現在に至る長期の不況は、大規模イベント開催に対する巨額の投資を抑制し、国際的な大規模イベントを誘致する活力を都市から奪い去った。実際、2002年FIFAワールドカップ大会や2007年の世界陸上などの種目別大会の誘致・開催はあるが、2016年の五輪招致を狙った東京都を除き、大規模スポーツイベントを誘致し、都市の再開発に活用しようとする自治体は見当たらない。
地域に密着した観戦型イベントの増加
国際的な大規模スポーツイベントの誘致に興味を示す自治体が減る一方で、地域密着型のプロスポーツチームやクラブの立ち上げに熱心な地域が増えている。国際的な大規模イベントが、数十年に一回来るか来ないかの一過性のスポーツイベントだとすれば、プロスポーツは、地元で毎年、必ずホームゲームが何試合も開かれる継続的なスポーツイベントであり、地域を元気にする触媒的価値は高い。
サッカーのJリーグや、バスケットのbjリーグに参入するプロチームやクラブの数は増加傾向にあり、2011年シーズンには新しくガイナーレ鳥取がJ2に参入する他、バスケットボールでは、岩手、長野、千葉、神奈川の4チームがbjリーグに参入する。これでJリーグのチーム数はJ1とJ2 合わせて38クラブ(11年シーズン)、bjリーグは20チーム(11/12年シーズン)となり、むしろプロチームやクラブがない都道府県を探すのが難しい状態である。これらのチームやクラブは、地域が主導して誕生した内発的なコミュニティビジネスであり、地元のファンや企業、そして行政といった多様なステークホルダーに支えられている。Jリーグの中には、浦和レッズや新潟アルビレックスのように、常時3万人から4万人の観客動員数を誇るクラブもあり、地域名を冠したチームと、高いロイヤルティを持つ多くのファンの存在、そして多くの地元企業の支援が象徴するように、極めて公益性の高い事業を展開している。
高まる参加型スポーツイベントへの注目度
地域密着型のプロチームやクラブが、観戦型の「見るスポーツ」のイベントだとすれば、多くの参加者を集めるスポーツ大会は、参加型の「するスポーツ」のイベントと呼ぶことができる。例えばマラソンであるが、2007年に始まった東京マラソンは、従来のトップランナーだけが競うマラソン大会ではなく、6時間40分以内に完走できる一般の男女が3万人以上参加できる、日本初の大都市マラソンとして人気を博した。
11年の大会には、33万人の応募者があったように、東京マラソンは新たなランニングブーム現象を起こした。『ランナーズ』の調べによれば、マラソンを完走した人の数は、04年度で78,776人、05年度で82,930人、06年度で103,590人と徐々に伸びていたが、東京マラソンが始まって以来人数は急増し、2009年度には219,605人を記録するなど、耐久性(エンデュアランス)スポーツへの関心の高まりが示された。
東京マラソンの成功は、自治体のマラソン大会誘致ブームを巻き起こし、奈良マラソン、大阪マラソン、神戸マラソン、京都マラソンなど、市民参加型の大都市マラソン大会が次々に開催されるきっかけをつくったが、同時に、後述する他の耐久系のアウトドアスポーツの大会にも好影響を与えた。その背景には、アウトドアスポーツが、マニアックな愛好者だけの活動ではなく、@手軽に楽しく、そして「おしゃれ」に楽しむことができる、日常生活の延長線上の活動になったことと、A個人の健康やライフスタイルを具現する「自己表現装置」になったことのふたつの要因がある。
アウトドアスポーツの可能性
アウトドアスポーツが、性別や年齢に関係なく、身近な活動になった理由のひとつとして、スポーツ用品の進化がある。アウトドアスポーツ用品といえば、かつては「ヘビーデューティー」(heavy duty)が主流であった。これは 耐久性があることを意味し、激しい労働や過酷な自然条件に耐えられる実用性のある衣料品のことを意味した。まさに登山家や冒険家のウェア(衣類)やギア(装備)というイメージである。しかし今のアウトドアスポーツ用品は、軽量化と高機能化による携帯性と、ファッション性が著しく向上し、これによって、シニア層に加え、「山ガール」という若い女性登山愛好者や、「美ジョガー」と呼ばれる若い女性ランナーを購買層に取り込むことができた。さらに、1台数十万円もするロードレーサーの売れ行きが好調で、特に中高年層のサイクリストの増加が目立つ。矢野経済研究所(2009)によれば、04年から09年にかけて、サイクルスポーツの国内出荷指数 推移は154%の成長を見せたが、特にロードバイクの国内出荷額が2008年対比 133.3%(64億円)を示し、30〜50代の男性が購買層の中心を占めるようになった。
ただしアウトドアスポーツといってもジャンルは広く、すべての種目が成長している訳ではない。同じ矢野経済研究所(2009)のデータによれば、スポーツ用品の国内出荷傾向によって、勝ち組のスポーツと負け組のスポーツがはっきりと分かれている。負け組は、マリンスポーツ、釣り、スノーボード、スキーで、勝ち組が、アスレチックウェア、フィットネス、サイクルスポーツ、スポーツシューズなどである。これらは、イベントへの参加者数に裏付けられている。
勝ち組のイベントとしては、応募者数が増えている大都市マラソンをはじめ、トライアスロンやヒルクライムレース、そしてトレイルランといった耐久性スポーツのイベントを挙げることができる。例えば2009年に開かれた「Mt.富士ヒルクライム」には5481名、「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」には3500名、そして「パナソニックヒルクライムin伊吹山ドライブウェイ」には2000名の参加者があるなど、「耐久性スポーツ」人気の高さが示されている。
ブームの背景:ニューエンデュアランススポーツ
耐久性スポーツを意味する「エンデュアランススポーツ」は、一般に長い距離を移動し、長い時間をかけて行われる競技であり、クロスカントリ−、デュアスロン、マラソン、トライアスロン、ウルトラマラソンのように有酸素運動をともなうスポーツである。ただし「エンデュアランス」(endurance)という言葉には、「耐える」「きつい」「長い」「苦しい」といったネガティブなニュアンスがともなうが、競技振興を考えた場合、むしろ「克服」「成長」「訪問」「交流」「観光」といったポジティブな面を強調すべきであろう。そこで以下では、新しい視点を持つ耐久性スポーツの総称として、「ニューエンデュアランススポーツ」(NES: New Endurance Sports)という考え方を提案したい。筆者が考えるNESには、以下に示すような5つの特徴がある。
●手軽さ:NESの多くが、個人で参加できるスポーツであるため、チームスポーツのように仲間を必要とせず、手軽に始めることができる。日常のトレーニングや練習も、テニスやバスケのように仲間や施設を必要とせず、個人で手軽に実施することができる。年齢に関係なく、思い立った日から始めることができる「障壁の低さ」がある。
●動機の多様性:「する」「見る」「訪れる」「挑戦する」「克服する」といった様々な要素を備えたスポーツであり、参加者の動機も多様である。また年齢に関係なく長期間継続するため、始める動機と続ける動機が異なることもある。
●流行:NESは、自転車やスイムスーツ、そしてウエアやシューズなど、多様なスポーツ用品・用具が必要なギヤ・スポーツもしくは機材スポーツである。それゆえ、ファッション性が高く、最新のフレーム素材やパーツの知識も必要とされるなど、流行に敏感なスポーツである
●日常生活化:通常、食事、睡眠、トレーニングなど、日常生活全体が、NESを志向したライススタイルへと変化する。消費者行動では、志向性が極限化した状態を「ファナティック消費」と呼ぶが、程度の差こそあれ、NES参加者のライフスタイルはストイックかつアクティブで、スポーツ競技の影響を大きく受けることになる。
●環境志向:ニューエンデュアランススポーツのフィールドは野外であり、常に自然環境と対峙する。それゆえ、アスリートの自然環境に対する意識は強い。この傾向が、活動に対する専門化(specialization)とともに高まる傾向にあることは、過去の研究からも明らかにされている。さらに、自転車などは人力のみで動くエコな乗り物であり、アスリートの環境に対する意識醸成にひと役買っている。
必要とされるスポーツツーリズムの視点
前述のように、NESの大会は、自転車や水泳、そしてマラソンといった長時間・長距離を特徴とする種目を含む。そのため大会は、自然が豊かで、観光地として人を引き付ける魅力があり、かつ多くのボランティアを動員できる地域で行われる。風光明媚な観光地での開催は、NES参加者の参加動機のひとつに加えられるだろう。その意味からも、アウトドアスポーツの振興には、人の移動をともなうツーリズム(観光)の視点が不可欠となる。
しかしながらこれまでの日本では、スポーツと観光(ツーリズム)は極めて異質な概念として扱われてきた。学校体育や社会体育において、スポーツの重要性は認められていたものの、スポーツイベントやスポーツ施設が「観光資源」として扱われることはなかったし、「スポーツ観光」という考えも育っていなかった。
もちろん日本においても、スキー、登山、海水浴、ハイキングなどの<人の移動と宿泊をともなう余暇活動>は昔からあったが、それは国内の愛好家が参加する小さな余暇市場という認識であり、「スポーツツーリズム」というポジションを確立するには至らなかった。
その一方欧米では、ツーリズムの中で、スポーツツーリズムが極めて成長率が高い領域として注目を浴び、都市や地域のマーケティングに戦略的に活用されてきた。日本においても、スポーツへの参加やスポーツの観戦、そしてボランティアとしてのスポーツイベントの支援やスポーツ施設・ミュージアムの訪問等、スポーツにまつわる人の移動を、ツーリズムという視点から捉えなおしてみると、そこには都市や地域を活性化するスポーツツーリズムという巨大なマーケットが存在することがわかる。
筆者は、観光庁のスポーツツーリズム推進会議の中間報告(2010年7月)において、「日本には、プロ野球、Jリーグ、ラグビー、プロゴルフ、相撲、柔道など、世界的にみてもハイレベルで、すでに日本固有の文化となっている「見るスポーツ」と、豊かな自然環境や美しい四季を活用した、スキー、ゴルフ、登山、サイクリング、海水浴など、国民が常日頃から親しんでいる「するスポーツ」がある。さらに、それらの活動や大会を「支える」団体やスポーツのボランティアが存在する。総合的に見れば、日本はアジア有数のスポーツ先進国であり、世界的に見ても、スポーツ環境は国際的な競争優位性を持っている」と述べたが、実際スポーツツーリズムの視点からアウトドアスポーツを捉えなおすと、活用可能な自然資源の豊かさに驚かされる。アウトドアスポーツのマーケティングを考える上で重要なことは、豊かな自然資源を、どのように観光資源化するかである。ただしその計画においては、地域固有の観光資源を無視し、同じような豪華ホテルやゴルフ場を乱立させたかつてのリゾート開発の轍を踏まないよう、地域文化に根差した内発的なソフト開発が必要とされる。
観光資源としてのアウトドアスポーツの可能性
海外からも、国内からもスポーツツーリストを誘客できる可能性が高いのが、コーラルリーフからパウダースノーまで、豊かな自然資源を持つ日本のアウトドアスポーツ環境である。例えば最北端である北海道宗谷岬(北緯45度52分)から最南端の波照間島(北緯24°02)は、アメリカで言えば、西海岸のシアトル(47度30分)からアメリカ最南端のフロリダ州キーウェスト(北緯24度33分)と同じ長さで、他のアジア諸国にはない、冬のスポーツと亜熱帯のスポーツが同時に楽しめる稀有なスポーツ環境を有している。
さらに日本の国土の68.3%は森林に覆われており、山岳スポーツからニューエンデュアランススポーツまで、多様なアウトドアスポーツを楽しむことができる。ちなみに「森林率」とは、国土がどれだけ森林に覆われているかを示す指標であるが、日本は68.3%であり、スウェーデンの66.9%よりも高く、フィンランドの73.9%に続いて世界で2番目である。この数字だけを見ると、日本の自然環境はスカンジナビア諸国に近いと考えられるが、昨今の「ノルディックウォーク」(ポールを持って歩く北欧生まれのエクササイズ)の普及ぶりを見ていると、今後、ポールを使ったノルディックスキーイング、ノルディックブレーディング、ノルディックスノーシューイング等の「ノルディックスポーツ」がさらに普及する可能性も否定できない。
日本の自然は、ヨーロッパに比べると、急峻な山岳地帯や深い谷が続く、険しい地形が多いが、一方で、その険しさがアウトドアスポーツの利点にもなっている。例えば、急流を下るリバーラフティングやカヤッキングなどは、平地を流れる川では味わえないスリルと楽しさを与えてくれる。また等高線をまたぎながら頂上を目指す登山もあれば、等高線上を移動する登り降りの少ないトレッキングも人気がある。海に目を転じれば、日本には北から南まで多くの島がある。陸地の面積に比べてどの程度海岸線の距離が長いかを示す概念に、「島嶼部(とうしょぶ)性」という言葉があるが、6000以上の島がある日本は、7000以上の島からなるフィリピンに次いで世界で2番目である。これだけでも、マリンスポーツの宝庫であり、豊かな観光資源を持っていることがわかるが、観光産業領域と同様に、先端的な観光産業振興の取り組みからは取り残されており、それが、スポーツ用品産業の低迷とも連動しているのが現状である(カー、2010)。
拡大するスポーツツーリスト市場
今後、スポーツツーリズムの有望インバウンド市場であるアジアが、このまま順調に経済成長を継続した場合、2020 年における中間所得層と高所得層を合わせた人口規模は、2008 年の9.4 億人から、2020 年には19.5 億人とほぼ倍増すると予測されている(財団法人総合研究開発機構、2010年)。ちなみにこの数は、欧米を含む先進諸国合計の人口を凌駕する。
その中で中・高所得層が著しく伸びているのがインドと中国であり、インドネシアやマレーシアがこれに続く。日本のツーリズム業界にとって、これらの富裕層と中流層の増加は、そのまま観光需要の増大を意味する。さらに2010年7月から始まった、中間所得層の中国人を対象とした個人向けの査証(ビザ)の発給緩和が、観光動機をさらに刺激すると思われる。
日本を始めて訪問するアジア人の観光旅行は、かつての日本人がそうであったように、多くの名所旧跡を駆け足で巡る団体周遊型の旅行が主たるものである。アジア人観光客の多くは、ショッピング、温泉、日本食が目的であり、文化的に類似する伝統文化・歴史的施設には、欧米人ほど興味関心を示さないのが現状である。今後、通り一辺倒な周遊観光を体験したリピーターが、交流や体験に重きを置いた、エコツーリズム、医療ツーリズム、そしてスポーツツーリズムのようなテーマ性のある「スペシャル・インタレスト・ツーリズム」に移行することが期待される。今後のマーケティングにおいて重要なことは、日本の豊かな自然資源とホスピタリティを最大限に活用した、アジアの人々が住む地域では体験できない、「旅なれた旅人の予想を凌駕する商品」(大社、2008年)の開発である。今後、リピーター化するアジアの旅人の眼鏡にかなう着地型の商品開発が求められる。
アウトドアスポーツによる地域活性化
四季を通じたアウトドアスポーツの宝庫である北海道を訪れる外国人観光客は、増加傾向にある。観光統計を追ってみると、97年から06年の10年間に北海道を訪れた外国人観光客は、12万人から59万人へと約5倍に増加している。その中で半数を占めるのが、5.3万人から26.8万人へと507%の伸び率を示した台湾である。伸び率が最も大きい国はシンガポールで、わずか1400人から1.9万人と1354%の急増ぶりを示す一方、ニセコブームを創ったオーストラリア人も3000人から2.3万人と着実に増加した。ちなみに2009年度は、67.5万人とさらに増加している。
東南アジアの富裕層が北海道に関心を示すのは、自国にない良質な雪や冷涼な気候、そして美しい景観を求めるからであり、アウトドアスポーツに対する関心も低くはない。オーストラリア人が四季を通じた観光素材を発見し、様々なアウトドアスポーツの着地型商品を造成したニセコをはじめ、道内各地の誘客努力により、外国人観光客の数は着実に伸びている。スキー目当てのオーストラリア人は、世界同時不況の影響で2009年は減少したものの、09年11月から10年4月には、対前年比33%増の3.9万人に増加している。
まとめ
現在の日本は、高齢化にともなう健康維持やメタボ対策により、「するスポーツ」に対する関心を高めつつある。「スポーツライフ・データ2008」(SSF、2008)によれば、2008年に何らかの運動・スポーツを行った人は国民の7割を超える一方、まったくスポーツを行わなかった人は28%にとどまった。さらにスポーツを行った人のなかでも、週2回以上、定期的に実施する参加者は3分の2を占め、この数字は年々上昇する傾向にある。
ただしスポーツ参加種目は、時代や流行を反映し、少しずつ変化の兆しを見せている。かつて人気のあったスキーやテニスのようなスポーツから、健康の維持・増進を目的としたフィットネススポーツへと世の中の関心はシフトしている。実際、週2回以上スポーツに参加する「スポーツ愛好者」の実施種目別ランキングでは、散歩・ウォーキング・サイクリング・ランニング・水泳のような、日常生活圏内で手軽に、そして1人でもできるフィットネススポーツが上位を占めている(SSF、2008)。
これらのスポーツに共通するのは、場所・時間・仲間に制約を受けるチームスポーツと異なり、場所を選ばず、いつでも自由に参加できる手軽さに裏付けられた「垣根の低さ」である。さらに、専門化(specialization)することによって、新しいスポーツにトランスファー(移行)する可能性や、スポーツへの再社会化が行われる可能性を持っている。学校の運動部で水泳をやっていた人が、社会人になってスポーツから離れていたが、友人の影響を受けて自転車に興味を持ち(再社会化)、やがて高額自転車であるロードレーサーを購入し(専門化)、体力がつくとともに、トライアスロンにトランスファーするケースなどが多い。
実際、健康や体力の低下が見られる20代後半から、スポーツへの社会化やトランスファーが起きるケースが増えており、筆者の研究室が行ったトライアスロン競技者の調査でも、競技開始年齢の平均は29歳と、他のチームスポーツなどに比べるとはるかに遅い時期であるが、「脱年齢」(年齢に関係なく実施する)、「継続性」(これからも続ける)、「無限界」(体力が続く限り継続する)、「社会行動」(全体の7割が誰かと一緒に大会に参加し、平均人数は3.9人)といった特徴が明らかになった(早稲田大学、2010)。この調査の結果から浮かんでくるのは、トレーニングによって年齢と体力の限界を克服し、できるだけ長く、仲間とレースを楽しもうと考えているアクティブで健康的な中高年トライアスリーターの姿である。
かつて、「ヘビーデューティー」なスポーツであったアウトドアスポーツは、ランニングブームの後押しや携帯性とファッション性の優れたスポーツ用品の開発によって、手軽に参加できる日常的なスポーツへと大衆化された。また誰でもエントリーすれば参加できる参加障壁の低い大会も増え、マラソンやトライアスロン、そしてヒルクライムなどのエンデュアランススポーツ系の大会は人気を集め、そこで生まれるにぎわいが地域の活性化にも役立っている。
冒頭でも述べたように、国際的な大規模イベントから地域密着型のプロスポーツ、そして参加型のアウトドアスポーツイベントまで、地域の活性化に資するスポーツイベントは数多くある。重要なことは、地域の文化と自然資源を活かした地域主導の商品開発であり、その動きを主導することのできる人と組織の存在である。その意味からも、「スポーツコミッション」(注2)と呼ばれる、スポーツイベントの誘致やスポーツツーリズムの振興を専門的に行う非営利組織などの設立も、今後、視野に入れる必要がある。
注1:経済効果に関しては、著者が『メガ・スポーツイベントと経済効果』都市問題研、60(11):80−94、November 2008.で述べたように、現在の方法では、検証が不可能な仮説に基づいた推計値であり、社会心理的効果が測定できないなどの問題点を指摘した。
注2:スポーツコミッションとは、都市にスポーツイベントを誘致する専門の機関であり、米国には500以上の自治体に設置されている(原田・木村、2009)。2009年7月に開かれた日本スポーツマネジメント学会関西セミナーにおいて、筆者は、日本におけるスポーツコミッションの具体的役割として、@行政が行うスポーツ振興事業の支援 、A国内外スポーツイベントの誘致・開催支援、Bスポーツ合宿の誘致・振興、Cスポーツに関する情報・サービス提供(施設案内、アクセス、食事)、D地元プロスポ−ツとの連携(チケット販売、 プロモーション、合同イベント) の5つを提示した。現在は、さいたま市が2011年秋の「さいたまスポーツコミッション」の設置を目指して基本計画を策定している。
引用文献
・原田宗彦『スポーツイベントの経済学』平凡社新書、2002年
・原田宗彦・木村和彦「スポーツ・ヘルスツーリズム」スポーツビジネス叢書、大修館書店、2009年
・アレックス・カー「巻頭インタビュー:日本の観光産業は時代遅れ」選択、第36巻第10号、2010年
・矢野経済研究所「2007年度版スポーツ産業白書」プレスリリース、2007年3月1日
・大社充「体験型交流ツーリズムの手法」学芸出版社、2008年
・SSF「スポーツライフ・データ2008」、笹川スポーツ財団、2008年
・早稲田大学スポーツビジネス・マネジメント研究室編「トライアスロン調査報告書」、日本トライアスロン協 会、2010年
・財団法人総合研究開発機構「アジアの『内需』を牽引する所得層―景気が失速しても、中間所得層の拡大は大 きい―」NIRAモノグラフシリーズNo.31、2010年